舟を編む

石井裕也 舟を編む (2013)

このような感想は監督の本意でないかもしれない。だが、この映画の面白さは、世間の常識とずれた主人公、馬締光也(まじめ みつや)の人物造形に多くを負っている。

ある出版社で、新しい国語辞典『大渡海』(だいとかい)の出版が企画されている。辞典の編纂は10年以上かかる気の遠くなるような作業だ。監修者の国語学者、松本は高齢の身なので、辞典を完成させるには若い編集者が必要だ。白羽の矢が立った馬締(松田龍平)は、本は好きなものの、人間とのコミュニケーションは苦手だ。馬締自身は別に人間嫌いではないが、余りに真面目で機転の利かない性格のため、周りからは変人と思われている。しかし、大学院で言語学を学び、几帳面な性格の馬締は、辞書の編纂にはうってつけの人物だった...

専ら本を愛する馬締が、人間の女性に恋をする。相手は下宿先の娘、林香具矢(宮﨑あおい)だ。一大決心をした馬締は恋文を認めるが、筆で書いた達筆の文章を香具矢は読めない。読めない恋文を送る馬締に呆れつつも、林香具は次第に馬締に惹かれていく。この二人のやりとりは、妙に間が抜けていて面白い。

馬締には編集能力はあっても、本の販売力や社内での政治力は全くない。ここを補うのが、社内の先輩の西岡正志(オダギリジョー)だ。広告宣伝部に異動になった西岡は、遊び人でいい加減な性格の持ち主だったが、馬締に感化されて辞書の販売に精力を注ぐようになる。馬締と西岡の対照的な人物造形も、本作の魅力を深めている。

編纂開始から十数年過ぎ、遂に大渡海が刊行される。顧問の松本は既に故人となっている。開放感に浸る間もなく、馬締はまた語彙集めを始める...

原作者と監督が恐らく意図的に触れるのを避けた点が気になる。本作の時代設定では、大渡海の編纂開始は1995年頃であり、インタネットが普及しだした時期と重なる。10数年後に刊行した時は、ネット上の国語辞典や百科事典は既に一般的になっている。大渡海は果たして商業的に成功したのだろうか...

★★★★・