稀代のカリスマの光と影 - 「スティーヴ ジョブズ」

Walter Isaacson, Steve Jobs (2011)

洗練されたデザインとユーザー インタフェイスで、多くの人々を魅了し続けるApple。Walter Isaacsonは、Appleの創業者で2011年10月5日に亡くなったスティージョブズから直々に伝記の執筆を依頼されたので、普通の人が中々知ることのできないAppleの社内の事情やジョブズの私生活を知ることができた。しかも、ジョブズもその妻も、本作の内容を事前にレビューすることを求めなかった。そのため本作は、スティージョブズという稀代の人物を、光と影の両面から描くことに成功している。Appleジョブズに興味をもつ人にとって、必読の書物と言えよう。

ジョブズは製品のデザインや使いかってに徹底的に拘る。禅と京都の庭園に強い影響を受けたジョブズが特に拘るのは、シンプルさだ。機能のみならず、形状、質感、色など製品の細部にまで口をはさみ、試作品が気にくわない時は、出荷時期を遅らせてでも製品を思い通りに仕上げる。アップルの製品は全てジョブズの美意識に染め上げられているのだ。

製品開発に傑出した才能を見せたジョブズは、言動も常軌を逸していた。ヒッピー時代に成長したジョブズは、若い頃は裸足で歩き、シャワーを浴びるのも週1回のみで体臭がひどかった。他人に対する態度も礼節が全くない。気に食わない相手は、部下だろうが取引先であろうが、汚い言葉で罵倒しまくる。多くの部下が、耐えられずにジョブズの元を去っていった。

Appleに復帰してから劇的な成功を収めたジョブズだが、それまでは失敗も数多く経験してきた。そもそもマネジメントがうまくできずにAppleを追放され、教育市場向けワークステーションのNeXTは、コストと値段が高すぎ販売成績は不振を極めた。Pixarも当初目論んでいたハードウェアとソフトウェアの販売がうまくいかず、製品のプロモーションのつもりで作成したCGアニメが売れたことから復活のきっかけを掴む。絶体絶命の危機を何度も乗り越えながら、わずかに残った機会を捉えて復活していく手腕は見事なものだ。

ジョブズAppleに戻る際には、際立った交渉力が発揮された。ギル アメリオの指揮下で倒産の淵に面していたAppleの取締役会は、最後の望みをつなぐべくジョブズに復帰を求めた。ジョブズは、他の取締役の辞任を復帰の条件とし、遂には気に食わないほとんどの取締役を追い出すことに成功する。現金が底をつきかけていたことを知ったジョブズは、何とマイクロソフトに出資を求めた。通常は交渉で強気を貫くジョブズも、この時はビル ゲイツAppleの窮状を正直に明かし、助けて欲しいと要請する。多くのApple信者を失望させたマイクロソフトからの出資により、Appleは倒産を免れることができたのだ。

本書では、ジョブズの「現実歪曲空間(Reality Distortion Field)」が何度も語られる。ジョブズは現実を普通の人と同じように受け入れず、自分の願望こそが現実だと思い込む。不可能と思わずに目標達成に向けて全力を尽くすからこそ、ジョブズは当初不可能だと思われたことを実現できたのだ。

しかし現実歪曲空間は常に有効とは限らない。初期の癌が見つかった際、ジョブズは菜食主義で治すことができると信じ、外科手術を9ヶ月間拒み続けるうちに、癌は転移し完治が不可能となってしまった(9ヶ月前に手術しても成功したとは限らないが)。

類稀なリーダーシップで、ジョブズAppleを偉大な会社に育て上げた。ソフトウェアとハードウェアを分離するマイクロソフトの戦略が成功を収める中で、常識に反し両者の統合により、多くの人々に愛される素晴らしい製品を作り上げた。しかしゲイツは、Appleを賞賛しながらも、ソフトウェアとハードウェアが統合した製品を成功させるのは、ジョブズ以外には無理だと言う。

晩年のジョブズAppleを、自分なしでも永続的に成功し続けられる会社に育て上げることに腐心した。ジョブズ亡き後もAppleは革新的な製品を作り続けられるのだろうか。答えが見えるのはこれからだ。

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