アンリ マティス展

アンリ マティスは,僕が最も好きな芸術家の一人だ。大胆な色使いと,時として単純化された形態。それはしかし,情熱に任せて描いたというのとは少し違う。マティスの絵は,大胆であっても理知的な感じがする。

 

上野の国立西洋美術館で開催されてているマティス展は,約120点の作品を集めた見ごたえのあるものだった。ここでは,いくつかの発見があった。

 

例えば,「ジャネット」という彫刻は,同じジャネットという女性の頭像を数年おきに何点か制作したものだ。その表現方法は,最初は具象だったが,後の作品になるにつれて抽象的になっていく。とはいっても,マティスのことだから,完全な抽象にはならない。抽象的な表現でも,あくまでモデルの特徴を抽出することにこだわっている。

 

また,いくつかの作品で,制作過程を写した複数の写真を展示してあるのも,興味深い。愛らしい「ルーマニアのブラウス」や「夢」は,一見無造作に描いたように見えるが,実は大変な試行錯誤を繰り返し,完成版は当初の構想とは大幅に異なったものとなっている。芸術作品が完成するまでの過程は,とても興味深い。

 

マティス作品の中でも最も好きなものの一つが「ジャズ」の連作だ。写真では何度も見ているが,原画(切り絵)を見ることができたのも,大きな収穫だ。「ジャズ」の中でも一番好きな「イカロス」の原画が,想像していたよりもかなり小さいのを知って,驚いた。好きな作品だけに,いつの間にか妄想が広がっていたのだろう。でも,思ったより小さいといっても,やはり「イカロス」が素晴らしいことは変わらない。「ジャズ」の連作を制作した時にマティスが病み上がりであったことは,初めて知った。体調が優れないために,体への負担が少ない切り絵を選んだそうだ。しかし,その災いが転じて福となり,簡潔だが磨きぬかれた表現を生み出したのだ。<<今まで(病気になる前)余分な力が入りすぎていた>>という旨のマティスのコメントを読んで感動した。